2024-12-01 遠距離大家さん
今から20年前、アメリカに小さなアパートを一部屋を買った。今思うと信じられないような安い値段だったが、当時は現金で買えるわけもなく30年ローンを組んだ。
このアパートが、私の運命を変えてくれたと言っても良い。
それまでは月900ドルのアパートに住み、職場まで交通費は月300ドル、片道2時間かけて通勤していた。
買ったアパートは職場にも近く(バスで10分)、月々のローンは80ドルほど。この大幅な経費削減のおかげで、その後、せっせと貯蓄に精を出していくわけなのだが、貯金と同時に30年ローンは8年弱で完済できた。
自分の好きなように内装を変えたりしたおかげで、DIYなるものに抵抗もなくなり、壁塗りやタイル貼りなどの技術も身につけた。
アパートなので管理会社が介入して、面倒な決まりごとはあるのだが、持ち家だったら自分でしなくてはいけないような雪かきとか外壁の修理、共有スペースや庭の手入れなどは会社側がやってくれる。
私のアメリカの拠点である、このアパートは今、私のために働いている。テナントが住み、アパート(資産)を守り、利益を私にもたらしてくれるのだ。
今日、オンラインでテナントと話した。もう3年ほど、私のアパートを借りてくれている日本人男性。大人で、静かで、仕事が安定しているところが気に入っている。部屋もびっくりするぐらい、きれいに、おしゃれに使ってくれている。
遅延せずに家賃を払ってくれてありがとう、アパートに不具合はありませんか、などと述べた後で、アメリカのインフレの影響で、管理費が大幅に値上げされたこと、私が日本に住んでいるせいで、なかなか情報が届きにくいことを告げ、家賃は上げないがその代わりに、アパートの管理業務に協力してもらいたい旨をお願いしてみたのだ。
管理会社からの通知が届かなかったせいで、経費や罰金が発生したり、システムの変更で所有主の判断を求められたり、または修繕の手配など、大家が当然やるべきことが、日本に住んでいるせいで、なかなかまどろっこしい作業があった。
彼にその負担の一部を背負ってもらいたいという虫のいいお願いをしたのだが、家賃が上げるものだと思っていたようで、私のリクエストはあっさりと受け入れてもらえた。本当にありがたい話である。
軽い雑談をしたり、数年先のプランを共有して、30分ほどでミーティングは終了。肩の荷が少し下ろせたところで気分が楽になった。
家賃収入はあっても、管理費や保険や事務費に加え、日本では税金も発生して、私にとってはうまみのない商売ではあるが、全くの空き家として放置しておくより、アパートの状態は好ましく保たれるし、時々届く郵便物も転送してくれるなど、テナントがいる方がありがたい。
管理会社には、今年もクリスマスのチップを送った。はっきり言わないが「うちのアパートとテナントをよろしくね」という願いが込められている。そんなことで便宜を図ってくれるようなやわな相手ではないのだが。
彼は手放したくないテナントで、彼も私のアパートを退去したくない。
将来、彼は日本に戻る来るつもりだし、私はアメリカに帰るつもりで、いつか訪れる今の関係の終焉まで、ウインウインの関係をうまく続けなくてはいけない。
私と彼がこれからもハッピーでありますように。本気で、星に願いをかける。
2024-11-30 京都旅行の振り返り(愚痴あり)
旅するおばさん、体力の限界
おととい、京都2泊、大阪1泊、奈良1泊の旅から帰ってきた。疲れがまだ残っている。
5泊6日の旅だと信じていたら、実際はたったの4泊(なにを勘違いしてるんだろ)。でも疲れ方は5泊6日。昨日は寝込んでしまった。年齢には勝てない。
いつか世界中を周ってやろうかと思っていたが、4泊でぜいぜい言うこの体力でどうする。たしか、2016年のローマでも5泊目で熱を出した。観光丸一日をつぶして、ホテルで「ふうふう」言いながら寝ていた。
それからというもの、5泊以上の旅はしないと決めていたが、もう4泊でも体がもたないとは! とはいえ、今回は前回の名古屋と比べ、膝の調子がすこぶる良かった。
アートを求める旅
いい旅だった。アメリカ滞在時代に世界の美術館をたずねてヨーロッパを旅したように、京都、大阪、奈良でも、美術館を目指す旅は私の心を躍らせた。だから私はモスクワにも行けたんだ!と確信した。
最初に訪れた細見美術館では「春画展」開催中で、江戸時代のエロティシズムに度肝を抜いた。あの北斎も歌麿も、当時の有名な浮世絵師は、全員春画を描いたという。美人画の歌麿は、江戸時代の篠山紀信だったのかもしれない。
細見美術館のショップでも春画展関連のグッズが揃っていて、友人たちのニヤニヤする顔を想像しながら物色した。浮世絵独特の色彩がと、生命感のない表情の男女(または女女)の交結の描写世界。淡々とその世界が続いていく展示。麻痺していく。
気になったのは、ところどころに滲んでいる男性目線の美術館側の解釈。とある交結する男女の絵に「女は男の手首を握っているところから、まんざらでもない様子」と記述してあった。なぜ、そう解釈するのだ。私には嫌がっているように見えるのだが。その様子を見て女が大根で自慰行為。「へんじゃないですかー」と叫びたいフェミサイドの私。
尼同士のまぐわいを覗き見しながら自慰行為坊主も気に食わない。男同士の絵は一幅もなかった。男同士を覗き見する尼を描いた浮世絵師はいなかったのか!と腐女子視点も入る。
大阪のあべのハルカス美術館での印象展もよかった。パリで学んだアメリカの画家が自国に戻り、自分たちの印象画を模索していく。
その中にアメリカの友人が今住む街でコロニーを作りアート活動した画家や、私のアパートに近い州立公園の風景画を見つけて、懐かしくなった。
今回はあちこちで日本画を鑑賞することも多く、音声ガイドを購入して丹念に鑑賞する機会も増やした。今年亡くなった高階先生から教わった「美術を読む」という姿勢から学んだもの。ガイドのおかげで、造詣を少しでも深めることができたように思う。
旅の間に訪れた美術館、博物館は10を超えた。もっと回れたかも知れないけど、数より時間をかけて作品を鑑賞したかった。
価格の高いホテル=いいホテル ではない
今まで貧乏旅行が多くて、ここ数年やっと平均的な旅行ができるようになり、今回はそれに少しだけ上のランクのホテルを予約した。
貧乏人が高価な買い物をするとタチが悪くなる。最初に止まった京都のホテルは、コロナ禍後にインバウンドを狙ったホテルだったようで、建物は新しく、スタッフも若かった。豪華な食事と京都らしい施設のセッティング。宿泊料もそれなり。
料理も量があり見た目は華やかだったが、とにかく味が濃かった。しかも2泊で朝夕2食の合計4食。血圧があがるのではと心配するほどだった。
どんな人が作っているんだろうとサーバーに聞いてみると、「パートの人が作っています」とのこと。筆書体の献立には、(いかにもな)料理人の名前が書いてあったが、実際はだれが作ったにせよ、塩辛い。
若い人で運営されているせいか、シニアへの配慮もやや欠けている。玄関で靴を脱ぐのだが、靴を履くための靴べらも、腰掛けもない。そもそも手すりが少ない。風呂は漆塗り(もどき)の低い椅子でつるつる滑るっては椅子から落ちそうになるし、立ち上がるには膝の悪い私には一苦労だ。
一番驚いたのは、チェックアウトの際スーツケースを転がしていたら、「持ち上げて運んでください」と注意されたことだ。この重いスーツケースをどうやって? 結局ホテルの人が運んでくれたが、客に対してその言い方はないだろうと思った。
ここで気が付く。高い宿泊料を払っているのだから、もっと良いサービスが受けられて当然だと思ってしまうことだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというが、部屋にヘアアイロンがあるのに、風呂場に体を洗うタオルがないことまで、忌々しくなったことを思い出した。
高い宿泊料を払う貧乏人は(私にことね)傲慢になりやすい。サービスが悪いと簡単に不機嫌になる自分に驚いた。そしてこの貧乏人は、タチの悪いことに、人生で一度経験した帝国ホテルのサービスをすべてのサービスの基準にしてしまう不条理さを持ち合わせている。
ホテルだけではない。美術館でもショップでも、サービス側の態度がいいと思えないことがたまにあった。オーバーツーリズムの弊害かもしれない。トンデモナ客を相手にする毎日に辟易すると、自ずとしょっぱい態度になるのかもしれない。でも、観光客に罪はないと思うのだが。
イライラを募らせては、アート鑑賞でリセットして、振り出しに戻る。今回はその繰り返し。次回からは高級宿や食事付き宿は選ばないと決めた。
老舗Nホテルでも似たような経験をした。サービスも食事の味も、前回よりも比べものにならないほど劣化しているように思えた。
「ご自分で部屋までスーツケース運べますか」。まさか、Nホテルでこう言われるとは…。「いくら払ったと思っているんだ」と叫びたい傲慢な自分が顔を出す。
疑問を感じつつ暗い通路を通って、フロントから遠い場所にあるエレベーターまで重いスーツケースを運ぶ惨めさといったらなかった。ふかふかの絨毯の上でスーツケースの車輪はストライキするって知ってた?
昨年は天にも登るほど美味しかった夕食も、翌朝の朝食も、期待ほどではなかった。きっと、不機嫌な私が味覚を司る脳になんらかの指令を出したのだろう。
送迎バスの運転手も、以前は外に出てスーツケースを運んでいたが、やめてしまったようだ。そりゃそうだ。全員分のスーツケースを運んでいたら腰に悪いもの。
ホテルの看板に見合うサービスじゃないと感じるのは、ホテルのせいかもしれないが、大半は長年貧乏だった私の僻み根性がそうさせているに違いない。
これからはビジホ旅にすることにした。ドーミーもスーパーも東横インも、清潔で、サービスもよくて、なにせ価格帯が私に合う。多少いやなことがあったとしても「ビジホだから」と笑える。
将来の自分自身が同じ過ちをさせないために、記録としてネガティブな記事を書いた。健忘症でもある私は、同じホテルを予約してしまいそうだからだ。
嬉しい再会
京都では地元の大学に通う教え子と、大阪では30年来のネット友に再会した。定期的には会っているので久々の再会ではないが、以前とはだいぶ状況は変化していた。京都の教え子はレポートの作成に追われている中、わざわざ会いに来てくれた。混雑する観光客のせいで、通学バスを見送ることもあるという。一方で。大阪の友人は難病にかかっていた。かける言葉はないが、彼女に会えて嬉しかった。
最近、旅先に知った人がいれば、ダメもとでコンタクトしてみる。以前なら「めんどくさっ」と思ってしなかったことだけど、会ってみると途切れた糸が再び繋がったようで、人生の綻びを一つ修繕できたような達成感がある。
旅先ではなるべくショップに寄って、いつどこでだれとするかまだ分からない再会の準備としてのお土産を買う。
★今回の旅関連動画
1/14 京都ダイジェスト
https://youtube.com/shorts/PjEZNI5HK-k
2/14 京都美術館① 細見美術館・京都市京セラ美術館・京都国立近代美術館
https://youtube.com/shorts/LSYJ4iy1apc
3/14 京都美術館② 福田美術館・嵯峨嵐山文華館
https://youtube.com/shorts/M37UorQVkws
4/14 京都博物館 京都国際マンガミュージアム・漢字ミュージアム
https://youtube.com/shorts/-L511wCiCuI
5/14 京都のお宿 ぎをんの月
https://youtube.com/shorts/SEe2ouiO1OU
6/14 京都の湯葉料理 松山閣 松山
https://youtube.com/shorts/lBLrqxF_O94
7/14 エミール・ガレ展 美術館えき
https://youtube.com/shorts/JqD8enNfCIo
8/14 大阪の美術館① あべのハルカス美術館
https://youtube.com/shorts/PDXjwq6B-24
https://youtube.com/shorts/d2akfAi4BkM
10/14 大阪のお宿 ホテル阪急レスパイア
https://youtube.com/shorts/4tsJrFuqUWI
11/14 京都と大阪で食い倒れたい
https://youtube.com/shorts/5KoSK2LxT14
12/14名勝旧大乗院庭園・ 奈良国立博物館
https://youtube.com/shorts/8Ef3sgJs2-g
13/14 奈良のお宿 奈良ホテル
https://youtube.com/shorts/v05MWXeq6VQ
14/14 帰りの新幹線のぞみから望む富士山
2024-11-22 冬がやってきた
来週アメリカは感謝祭ウイークなので、今日が休み前の最後の授業だった。感謝祭(サンクスギビング)が来ると、厳しい冬がやってきたと意識させられる。
私が最初に体験したサンクスギビングはちょうど30年前で、当時マンハッタンの小さなスタジオアパートメントに住んでいて、すぐ近くの老舗メーシーズーのパレードを見に行った。
パレードはなんてことはないものだったけど、とにかく寒かった。サンクスギビングと聞くと寒さしか想像できないのだが、今年はどうなんだろう。
今、半袖のTシャツを着て、裸足のまま部屋で過ごしている。11月も下旬に突入したのに、暖かい。
サンクスギビングの思い出は細切れで、友人と食事に行ったり、どこかのディナーに呼ばれたり、その時々の近しい人によってやることを決めていた。
どこかでごちそうになったディナーの残り物で作った七面鳥のサンドイッチは、今思い出してもおいしかったなあと眼を細めたくなる。時々、ローストした鶏肉で再現することもある。七面鳥は大きいのでスープにしたり、サラダにしたり、数日はいろいろ楽しむことができるのだ。
この時期、一人で寂しく過ごすことが圧倒的に多かったと思う(さびしいと思った記憶はないけど)。猫もいたし。
サンクスギビングが終わると、アメリカの街は一気にクリスマスモードが飾られる。上手に飾り付けられたクリスマスツリーは、小さい頃から培ったセンスなのか技術なのか、どこに行っても目を奪われる見事なデコレーションだ。
カフェの手書き看板や店頭のディスプレイも実にセンスがよくて、私は心からうらやましいと思う。
郊外に住んでいたので、ライトで派手に飾りつけられた家も多く見かけた。街の並木もライトで飾られ、一年で一番心躍るシーズンに突入する。フランク・シナトラのクリスマスソングを聴くと、気分が最高潮に達する。でも、いつもクリスマスは一人だった。
クリスマスが終わると、街も心も寂しくなる。正月を祝うことはなく、2日から仕事始めという会社も多い。
将来アメリカと日本の二拠点生活が始まったら、クリスマスはアメリカ、正月は日本で過ごすと今から決めている。桜の季節は日本、梅雨はアメリカ、真夏もアメリカ、紅葉期は日本。そう考えるだけで、楽しい。
ここ数年、アメリカのサンクスギビングを意識していなかったので、普通に生活はしていたが、今年はしっかり私も休暇を取ろうと思う。
アメリカ人は休むのが上手だ。長いアメリカ生活を経てしても、休むことはいまだ下手だ。今年は休み上手になりたい。
2014-11-21 頭のいい生徒
今月新しく受け持ったクラスは日本在住の社会人9人。それぞれの日本語は(私から見たら)上手だが、本人たちはもっと上達したいと思っている。生活、人生がかかっている。
レベルに差があるので、一番上に人に合わせると下の人がついていけないし、下に合わせると上が退屈してしまう。悩ましい。試行錯誤中で、それでも楽しくあれと奮闘している。
アメリカの日本語学校は、生徒が実に興味深い。日本在住の生徒と違って生活がかかっているわけではないので気楽だ。日本を観光したい、アニメを楽しみたい…。そんなゆるい動機。
生徒の多くがメトロポリタンエリアに住み、かつ仕事をしていて、医師、弁護士、研究者、政府関係の公務員などが多い。頭がいい。ちょっと説明するだけで、すぐ覚える。
宿題を出すと、ほぼ全員が提出する。ますます上達する。仲間同士すぐ仲良くなり、グループワークもスムーズだ。
先日会った元生徒は(72歳!)、1年以上前にひらがなクラスを取ったきりなのだが、今もひらがなを読むことができる、それを知って、私は感動した。
好きなフレーズではないが、地頭の良い人が、私のクラスに多い。授業料も安くないし、それなりの職に就いているだけあって、知的レベルがある程度高いのは理解できるが、時々自分の能力と比べてしまい、うんざりするほどだ。
それに加え、人柄がいい。陽気で、楽しそうに勉強している。授業時間が終わっても、居残りして私とおしゃべりしたり、仲間同士で勉強会したり。
男性は家族に優しい。文作をさせても(恥ずかしげもなく)妻や子どもを褒める内容で作る。特別なことではないのだろうが…
私は、母を怒鳴ってばかりいた父を見てきたゆえに、こうした普通の風景が珍しく見える。
中学校の時、理由は覚えていないが、クラス全員が担任から顔面に平手打ちを喰らったことがある。この後に「親にも殴られたことがないのに」と泣く同級生に心底驚いた。
殴らない親がいるなんて、とびっくりしたのだ。
私の生徒の中に家族に手をあげる人はいないだろう。あったとしても、「お尻ペンペン」ぐらいではないか。
父のような人は、恐怖と痛みで相手をねじ伏せるしかなかったのだろう。頭が悪いやつがすることだと今ならわかる。
彼らにふさわしい頭のいい先生でありたいなと思いつつ、いつもバカなことをして、間違えてばかり。それでも慕ってくれるのだから、感謝しかないのである。
2024-11-18 べんぴーーーっ!
悩んでいる人も多いと思うが私もその一人。なので、迷うことなくコーラックを飲んでいる。毎日飲むとよくないかなと自己判断して、2日おきとか3日おき。
たまに飲むのを忘れることがあって、一週間ぶりにコーラックを飲むということがある。昨日がその日だった。これが好ましくない事態を招く。
ピンクの小粒コーラック。
お目覚めのころ、おだやかなお通じが。
という宣伝文句をいまだ覚えているが、おいっ、どこがおだやかだ! 早朝、激痛に起こされる。しかしすぐに開通するわけではない。カラダをよじらせて、トイレにたどりつき、すわった状態で七転八倒する、額には脂汗。
これが30分ぐらい続く。一時間ほどかけて、重い扉を開けていく。なんとか扉が開いたかと思うと、今度はダムが決壊したかのように大洪水が始まる。二時間前の痛みとは違い、トンネルの壁が削られる様な痛み(どんなだ?)。これでもか、これでもかと押し寄せる。
落ち着いたかと思ったのもつかのま、ホッとはできない。しばらくはシクシクと腹部に痛みを残し、思い出したように急な催し会が再び開催される。
オンライン授業中に緊急会合に招集されることも多く、痛みに堪えながら何とかグループワークに持ち込んで、生徒が楽しく活動している間に、私はトイレに向かう。
50代になってから、ひどくなった。自力はほぼ無理。コーラックに頼ることなく、お日様が訪れることもたまにはあるが、そんな時は自分が誇らしい。自力でできる力がまだ残っているんだと、晴れ晴れした気持ちになる。
この話をあるネイリストに話したら、彼女は自分はうんこ博士と名乗るほどうんちくがあるといい、うんこ話がとまらなかった。彼女の名言がある。
「追いうんこがゴールです!」
追いがつおみたいだな、と思いつつ話を聞く。毎日追いうんこすることを目標にしていると。「ほお、すばらしい」と言いつつ、なんだソレと思う。
いろいろアドバイスをしてくれ試したものの、あまり効き目がなかった。今コーラックが唯一のソリューション。うまく付き合いながら、スッキリと暮らしたい。
2024-11-16 ベニスへの旅ふたたび
新宿のSOMPO美術館で開催中の「カナレットとヴェネツィアの輝き」展を見てきた。
資金力のある美術館のリッチな展示はいつも感動する。オランダにあるゴッホ美術館もたしか安田生命が建てたものではなかったか。
カナレットは18世紀の芸術家で、ヴェドゥータという景観画を確立した人。正確な遠近法で、定規を使った様なまっすぐな線とティールが特徴で、多くの展示はベニスの風景だった。
あちこちの美術館で、いろいろなベニスの風景画(ほとんどがサンマルコ広場)を見てきたけど、カナレットのベニスの風景画は、なぜかベニスへの完全なる旅を実現させてくれた。
私がベニスを訪れた時、雨が降っていて、街はカナルから溢れた水で大洪水で、ビショビショのブーツで寒々しく観光した記憶しかない。
本場のパスタを食べようとよく調べもせずカフェに入りオーダーしたら、キッチンから電子レンジの「ちん!」という音とともにパスタが運ばれてきた(当然まずいっ)。
それでも、300年前に描かれた絵を見ながら、20年前のベニス旅行を思い出すという、なんとも不思議な時空線を体験。ベニスは美しい街だ。観賞後はカフェで、余韻に浸った。
ヴェドゥータは、あまりにもキチキチとしていて、カナレット以降のモネやシニャックの印象派のコーナーにきて、ふーっと安堵のため息がでた。ヴェドゥータは当時あまり評価されていなかったとのこと。(なんかわかる)
久しぶりに京王百貨店をのぞき、駅に向かったら中央線が人身事故の影響で運転見合わせをしていてごったがえしていた。時間をつぶそうと、30年前によく通った喫茶店に行こうと思い立った。今もまだ残っている奇跡の喫茶店。
その店は店員が客の風体でカップを選びコーヒーを淹れてくれた。顔を覚えられたわけでもないのに、いつも細身の白いカップでコーヒーが運ばれてきて、それが嬉しかった。
今の私はどんなカップなんだろう。店はシャッターが半分開いていたけど閉まっていた。
新宿には私の青春が詰まっている。良い思い出も苦い思い出もある。だけど、すぐ家に帰りたくてしかたがなかった。
西武新宿線で家に帰ることにした。40年前の私が通勤に使っていた路線。いつも疲れて、満員電車のつり革に必死に捕まって揺られていたことを思い出した。
アパートの最寄駅からも遠くて、夜の畑の中を歩いて帰った。そのアパートはおそらく取り壊されただろうし、私によくしてくれた大家のおばあちゃんもこの世にはいないだろう。
意外とあっという間に自宅に着いた。今の自宅は駅から徒歩3分。そりゃそーだ。
ベニスの余韻はまだ残っている。イタリアには再会したい絵画がたくさんあるけど、また行きたいと今は思わない。
でも今日のような旅だったら、またベニスに行ってみたい。
2024-11-14 静かな生活
アメリカ選挙の結果は私にとって(そして多くの友人にとっても)、残念な結果だったけど、結果を知った時ほどの絶望感は薄らいだ。
むしろ、これでやっと心穏やかに生活できる、とほっとしている。来年のことは知ったこっちゃない。
朝起きて、運動して、授業して、ごはんを食べながら録画した朝ドラ見て、昼寝して、図書館に行って、帰りに買い物して、ごはんを食べて(1日2食)、勉強して、お風呂に入って、洗濯して、テレビ見て、寝るという1日を繰り返している。
街はいつもの静かな風景。
積極的にニュースも新聞も見ない。
考えるのは行きたい美術館や、旅行のこと。
毎日の勉強の予定は決まっている。
漢検2級、英単語と英会話のレッスン、スペイン語、西洋美術をその日の気分で順番を変え、取り組む時間を決めて取り組んでいる。
時々カラオケアプリで歌を歌う。ピアノも弾く。ピアスの収納ケースやクローゼットの引き出しを整理したり、ガスレンジや冷蔵庫を磨いたり、小さいことを何かする。
嫌いなことはスペイン語の勉強。苦痛だ。やめたい。
でも、このおかげで、自分の生徒の気持ちが理解できる。新しい言語を習得するのがどれだけたいへんか、宿題をするのにどれだけ頭を悩ますのか、自分がスペイン語を勉強することによって、彼らの気持ちが理解できる。
だから最近は、生徒の宿題を心込めて見る。
今8つのクラスを受け持っていて、それぞれのクラスの特徴に合わせて、私なりの工夫を重ねている。クラスによって好みが分かれるのも面白い。
教えられてばかり。自分の不甲斐なさを感じつつ、私が一番楽しんでいる。授業の前はわくわくする。
膝は痛いが、マッサージしたり、温めたり、なだめ工夫しながら、夜痛みで目覚めないように努力している。
今はストレッチが効果的。夜の痛みがなくなり、調子はまずまず。でもこれもいつもで持つのだろうか。
変化が起きないように、この静かな生活が持続できるように、毎日コツコツ生きている。
アメリカのサンクスギビングあたりは、私もゆっくり休みを取る。
クリスマス前は日本にいない予定。
京都のおせちの注文もしたし、金沢からお酒も届いた(お正月のためにとっておいてある)。
自分のための小さな幸せを、毎日コツコツ継ぎ足している。