旅するおばさん(ときどきノマド)

おばさん一人暮らしが気ままに時々一人旅するブログ

2022-11-14 教務室で息を潜め心の叫びを飲み込む

 3時間の授業を行うのに6時間もかけて準備する。支払われるのは3時間の授業分のみ。日本語教師はそんな仕事である。理解はしていたが、想像以上の「自腹ジョブ」だ。

 試験の採点、作文の添削、これらも時間外で行う。「これって時給でるんですか」と聞いたら、教務室が固まった。「何か変なこと言った?」と思う私。ただよう空気で、どうやら有休ではないとは分かった。この1か月ですでに3回の試験の採点をやっている。うえーんだ。

 これが当たり前に行われているのがすごい。だれも文句を言わない。日本語教師は奉仕ジョブですか。

 主教材は学校側から支給されるが、副教材は支給されない。共有の本棚から持ち出したら、別の非常勤講師に大声で呼び止められた。

「それ持っていっちゃいけないよ!」

 私がその副教材を選んだわけではない。授業計画に含まれていたから持ち出したのだ。

「じゃ、どうすればいいんですか。私持っていないんです」

 すると大声先生は「自分で買うんだよ。私なんかそのシリーズの副教材すべて揃えたんだから」と胸を張って大声で言う。そうなのか…

 副教材は持ち出せない、だから教師が自腹で払う、というシステムも驚きだが、それを甘んじて受ける非常勤講師もすごい。

「誰からも教えてもらっていないの」と畳み掛けるように言われた。

 きっとこの業界では、私の知らない自腹活動がもっとあるのではないかと思う。

 一つのクラスを複数の教師が受け持つことはよくある。前日の先生が出した宿題を翌日の先生が答え合わせすることがよくある例。これぐらいだったら、特に苦にもならないが、取りこぼした文型まるごとを引き継ごうとする教員がいた。さらに、学習者への伝言も頼まれたりすることもある。小さな頼まれごとでも積もり積もればかなりの負担になる。

一 台しかないコピー機の前で「どれをコピーしようかねえ」とでも言うようにペラペラ本をめくりながら長時間占領している人もいる。迫り来る授業時間を前に焦る私。

 こういう細かい気配りは大かた日本人の得意分野で、私の苦手とするところなのに、まるで立場が逆転してしまったようだ。

 誤解しないでほしい。私はこの仕事が好きだ。これまで出会った日本語教師の多くを尊敬している。だけど、なぜだろう、なるべく人と関わり合いを持たず身をひそめるようにして教務室に座っている。早く教室に行きたい、と時計を見つめる。叫びたい気持ちはぐっと飲み込む。

 私はアメリカの会社員時代に蓄えた貯金で生活している。日本語教師は生業ではない。この仕事を嫌いになる前に、授業数を減らし、教務室での人との関わりをなくそうと思った。えんえんと終わりが見えない授業準備をしていると、心が少しずつすさんでいくのがわかる。