旅するおばさん(ときどきノマド)

おばさん一人暮らしが気ままに時々一人旅するブログ

2023-1-17 日本語教師は教室でキュン死する①

 火曜日はアメリカのオンライン授業から始まるが、今日はマーチンルーサーキングの誕生日なので学校は休み。寝癖がひどいので、授業がある日は朝風呂に入る。午後から出勤で帰りは遅くなる予定。

 午後イチの授業は中国人留学生のクラスからスタート。ルッキズム的な発言をするのは抵抗があるが、私のクラスには美しい若者が多い。なめらかな白い肌、白アスパラガラスのような指、背も高く体格もあり、身なりもよく清潔感がある(富裕層が多い学校なのだ)。

 おそらく私から見れば、20歳前後の若者は、誰でも美しく可愛く見えるものなのだろう。これまで、ジジイばかりの職場だったので新鮮なのだ。日本の若者も美しいが、私のクラスの子は手塩をかけている分、数倍可愛いく見える。20歳の私だったら好みだのタイプだの大騒ぎするだろうが、60歳の私は、全員ここまでよく美しく育ったね、と心でほめるだけ。

 お国柄だろうか、彼ら独特の純粋さもよい。クラスで勉強が遅れている仲間を助けたり、今でも恩師を慕っているところなど心打たれることも多い。一人っ子が多く、親に大切にされて育ったせいか、苦労知らずで邪気がない。素直な性格が多い。

 初中級なのでなめらかな会話は成立しないが、彼らと出会って数ヶ月の間に、私の気持ちは伝わっているように思う。担任のホームルームが終わり、教室に入ると、一斉にみんなが私を見つめている。20人ほどのクラスだが、一人一人と目を合わせる。(2023.01.17)

君のせいじゃない、私(教師)が悪い

 自分の日本語を恥じている生徒が多い。シャイな性格もあるので、あまり日本語では話しかけてこない。ここは日本語学校なんだから、どんどん話していいんだよ、と言っても、恥じらいの殻に閉じこもっている。

 前学期の後半からだろうか。数人からやっと声をかけられるようになった。全身を耳にして聞くが、何を言っているのか理解できない質問もたまにある。そういう時は、何度も言い直しをさせざるを得ない。「ごめんね、わからないのは私のせいだから」と言う。

 ある日、授業終わりに一人の生徒が居残り、教室の掃除をしていた。机をアルコールで拭き、椅子を直していく。「今日、日直なの?」と声をかけたら、日直という言葉が理解されていなかった。黒板に書くとすぐに理解し、彼は首を横に振った。彼は日直ではない。そういえば、いつも一人残って教室を掃除している。

「Kくん、ありがとう」と声をかけると嬉しそうにうなずいた。教室を出ようとした時、「先生」と声をかけられた。「あるがどへんじなに」と言われた。もう一度言って。「あるがどへんじなに」。え、もう一度。何度か繰り返し、彼は諦めた表情を見せた。

 「ちょっと待って。私が悪い。もう一度、ゆっくり話して」。彼はもう一度、意味不明な言葉を言った。(もしかして?)「ありがとうの返事?」と聞いた。彼はうなずいた。「ありがとうの返事は、『どういたしまして』です」と言うと彼は口の中でもごもごと言った。私は即座に紙にマジックペンで大きく「どういたしまして」と書いて彼に渡した。彼の小さな声の「ありがとう」に私は「どういたしまして」と答えると、嬉しそうに微笑み、「先生、さようなら」とお辞儀をして教室を出て行った。

 何これ! すっごく可愛いんですけど! 胸がきゅんとして止まるんじゃないかと思った。こういう「きゅん死」を私は何度も体験していくことになる。

君、男の子が好きなの?

 今学期は作文を教えている。長い文は書けないので、短い文をミスなく書こうという目標を立て、シンプルな課題を出して、短文を書いてもらい、授業の間に添削とフィードバックをしている。

 いつもの授業で「恋人にしたくない人はどんな人ですか。理由も書きなさい」という課題を出した。クラスでよく勉強している男子生徒の一人Rくんが「恋人にしたくないのは、きれいじゃない人です。彼の部屋は汚いからです」と書いた。「彼」でいいのか。「彼女」と直すべきなのか。Rくんを教壇に呼び寄せた。「彼」を指して、これでいいのか聞いた。何が問題なのか理解できなかったので「Rくんは男の子が好きですか」と小声で聞くと、彼はハッと声をあげた。「彼女」と書きたかったらしい。彼の顔はみるみる真っ赤になった。恥をかかせてはいけないと「間違って覚えていくのよ、大丈夫大丈夫」とあわてて言ったが、大丈夫じゃないのは私のほうだった。可愛すぎる。胸がきゅんきゅん鳴っている。

先生、誤解しないで

 日本語教師になったばかりの頃、別の学校で中国人留学生を担当していた。コロナ禍で休校となり、まもなく彼らは入学した高校に通い出した。交流は続き、時々彼らとお茶を飲みながら近況を聞くこともあったが、会うたびにプレゼントを持ってくる生徒がいて、私の方から距離を置くようになった。

 「中国では先生に敬意を込めて贈り物をするんです」と彼は言うのだが、あまりいい気持ちはしなかった。その彼が最近メッセージをくれた。念願の医学部に合格したという。この時とばかり、今までの贈り物分の合格祝いを贈った。少し気持ちが楽になった。

 お世辞にもよくできるとは言えないクラスの男子生徒Cくん。あまり勉強している様子もなく、心配な一人である。明るい性格で、翻訳機を使って話しかけてくることがある。「お花畑に行ってもいいですか」。誰が彼にそう教えたのかしらないが、トイレに行く時、彼は決まってそう言う。

 放課後、「Cくんはこれからどこに行きますか」と聞くと、「回転寿司」と彼は答えた。へえ、回転寿司か。彼は「先生もいっしょに行きませんか」と言った。あ、いいよ、と即答すると、彼は驚いたようにぴょんぴょん飛び跳ねた。

 「いくつ?」「18歳」「若いな」などという会話をしながら回転寿司店に向かう。ほとんど日本語を話すことのない彼が行きつけだと言う店でどういうふうに店の人と会話しているのか、興味もあった。

 入った回転寿司店はメニューが回っているだけで、寿司は回っていなかった。店の人は常連客である彼を見つけ、しきりに声をかける。知っている寿司ネタの単語を言ったり、メニューを指さして注文し、出された寿司をむしゃむしゃと美味しそうに平らげていった。「ここの寿司うまい」、何度もそう言い、店の人を喜ばせていた。

 会計の段となり私は店の人に「別々で」というと、彼はすぐに意味を悟った。自分が払う、彼は財布からカードを出した。割り勘と言ってもきかない。自分が払う。「だめだめ、別々に払いましょう」と私も引かない。結局、別々に払い店を出た。

 次の日の授業、彼は体調が思わしくないのか、授業中は終始、顔を机に伏していた。授業終わり、「先生…」と、彼は長文の日本語で書かれた(おそらく翻訳機を使ったであろう)メッセージを見せてくれた。

 「ぼくが払うといったのは中国の文化だからです。先生、気分を悪くしないでください。私を誤解しないでください」といった内容だった。絶句。私は彼を傷つけてしまったのか。

 「そうだね、日本と中国の文化の違いだね。大丈夫、誤解していないよ」。私もあわてて答えたが、彼がそれをどこまで理解したか、わからない。

 なんの意識もなく、生徒と付き合ってきた。遠く離れても交流が続いている人もいるし、機会があればお茶を飲んだり食事したり。教師と生徒という意識が私には希薄だ。私は「友だち」という感覚でいるが、生徒にとってはそうでないのかもしれない。明確なラインを引く必要もあるのかもしれないのか、と反省している。(2022.01.18)