おばさん、大学生になる
今年、M美術大学の造形学部通信課程の三年次に入学した。日本では、S大学の教育学部通信課程を2020年に卒業していて、これで2校目だ。S大学を卒業した際に日本語講師の資格も取って、現在も日本語を教えている。
これらの先立ってアメリカでも学位を取得している。アメリカは英語がうまくなりたいということと、自分に大卒という学歴をあげたいという思いはあったから続いた。かたや日本での勉強は「暇潰し」寄りの弱い動機で、学位を取ることは最終目的ではない。
美大で勉強しようと思ったのは、高階秀爾の『名画を見る眼』を読んだのがきっかけだ。もともと美術鑑賞が好きで高階の著書を次から次へと読んでいくうちに、美術鑑賞が面白くなり、アートがより好きになり、もっとアートを知りたいと思った。そこで芸術文化学科(通称芸文)を取ることにした。芸文を選んだ人のほとんどは学芸員を目指すが、私は「楽しい鑑賞者」を目指す側で、展示側の中の人になるつもりはないし、学芸員になれるとも思っていない。
S大学の苦しい日々で「もう勉強は懲り懲り」と思った。なのに卒業後N大学の修士課程に進み、そこは中退してしまったのだが、どうやら私は勉強するのは、苦痛だけど嫌いではないのだということを認めた。抵抗もなく美大での勉強をはじめることもできたのである。
三年次編入なので、卒業要件124単位中半分の64単位を取ることが目標である。今年は33単位履修した。うちレポートと科目試験で単位を取る文化総合科目は7科目9単位、実技作品を提出するデッサンやデザインの造形総合科目は6科目8単位、芸文の専門科目は9科目14単位というぐあいである。
履修の仕方は、教科書を読んでレポートを提出する科目と、動画によるメディア授業で試験を受けたりレポートを提出する科目と、スクーリングに通い単位を取る方法がある。4月から初めた美大の通信学習は総じて言えることは「楽しい!」ということだ。今まで興味のなかったアートの分野、たとえば民藝、工芸、彫刻、日本画にも興味が広がった。これが一番大きなベネフィットだと思う。
それまで興味はあったけど、課題を与えられたことで、より知見を深めることができたこともある。とくに美術史は学んでよかった。今年履修した西洋美術史と日本美術史は試験もあって単位取得が楽な科目ではないが、ヨーロッパの美術館でほぼ素通りのように鑑賞してきた、平面的なキリスト教美術や、鼻が腕が欠損した像も、今はじっくりと鑑賞できる(ような気がしている)。
楽しいから勉強も進み、7月末時点で全てのレポートを提出してしまった。実技のスクーリングと卒業論文のメディア授業1つ、評価待ちの2科目をのぞいて、評価の高低は当然あるが、とりあえず全て合格した。楽しいとこうも勉強がはかどるのか、と正直自分でもおどろいている。
やや前倒しで勉強を進めたのは、卒論に向けての準備を始めたいことや、控えていた美術館巡りに集中したい気持ちがあったからだ。好きとはいえ、課題をいくつも抱えているとプレッシャーを感じていたから、解放されたい気持ちもあった。とりあえず全て提出してほっとしている。課題に夢中になりすぎていうたけど、ログも残しておけばよかった。
M美大での単位の取り方で、自分の好き嫌いがわかった。科目試験は非常に苦手だ。試験問題を見ると一瞬頭の中が真っ白になる。試験開始から5分間はなにもできない。よく勉強していてもパニック状況に陥る。気持ちを落ち着かせて、なんとか終え、なんとか合格できたが、今でも科目試験と聞いただけで手のヒラに汗が滲む。
スクーリングは人との接点があって楽しいはずだが、自分の年齢のこともあり、大きなジェネレーションギャップを感じてならない。それでもつながりができたり、情報交換する仲間が少しずつ増えてはいるので、ありがたい機会だと思っている。
一番自分に合うのが、教科書を読んで課題に取り組む通信課題だ。最初はハードルが高い課題のように見えても、いざ取り組むと楽しくなっていくことがある。リサーチしたり、実際に美術館に足を運んだり、フィールドワークに取り組むことが自分に好ましい学習のしかたのようだ。
つまり卒論にのぞむのは、自分に向いている学習活動なのである。ブログでも記録を残していこうと思う。
2024-12-18 仕事納め
今年、最後の授業が終わった。静かに。何ごともなく。
在日の生徒たちは年末年始も仕事らしい。日本企業は外国人労働者をよく働かせるなと心で思いつつ、「お疲れ様、良いお年を」と授業を締める。
アメリカの生徒たちは、それぞれ実家で家族とクリスマスを過ごす。
今年も色々あったけど、嫌なことも嬉しいことも、おそらく来年には忘れているようなことばかりで、そう思えば理想とする静かな生活を送れたんだと思う。感謝。
明日からしばしの休暇。近所のバス停から羽田空港へむかう予定。荷造りも済んだ。
友人に行き先を告げると、「気をつけて」と古い事件のニューススクショを貼り付けてきた。今、100%安心安全に過ごせる場所なんて、世界のどこにあるの。
おいしいもの食べて、きれいなもの見て、かわいいもの買って、旅を楽しもう。現地の友人に会うのも楽しみ。
帰ったら、新学期の準備をしながら、ゆっくり年末年始を過ごす予定。それが今いちばんの楽しみ。
2024-12-16 フライトブルー
うつが始まった。これが始まると、自分をうまくコントロールできなくなる。
まもなく海外旅行。おそらくこれが原因。フライトがマジで苦手になってきた。以前から苦手だったけど、年々ひどくなる。
クローゼットの中を整理したり、本やピアスを思い切って捨てたりして、コントロールできない心の応急処置を行う。
最初に飛行機に乗ったのは8歳の時。飛行機を降りる時、スチュワーデスさん(当時)からもらったキャンディーが嬉しかった。
次に飛行機に乗ったのは、社員旅行で香港に行った26歳の時。楽しい同僚との旅行だったけど、この時すでに飛行機が嫌いだった。
向田邦子も飛行機が嫌いだった。そして、その嫌いな飛行機の墜落事故で亡くなった。その飛行機は台湾行きだったな。(実は今回の旅は台湾方面…)
自分の尻を叩いて企画した今回の旅行。旅先には会いたい人もいる。
乗ってしまえばどうってことないのに、わかっていてもブルーになる。
2024-12-13 一つの節目
今日、一つ学校を辞めた。また辞めた。
辞めるの、これで何校目というぐらい、辞めているが、嫌になったら辞めるというどうしようもない理由。すぐ辞められるのがこの仕事のいいところ。
学期が終わったら辞められるので、きれいに辞められる。
辞められるほうはたまったものではないだろう。そして生徒にも申し訳ない。
日本語学校では、教師はしょっちゅう入れ替わるし、一人二人黙って去るのも珍しいことではない。
たまに、辞める時に感傷的になってしまうことがある。生徒が愛おしすぎて。でも、やっぱり学校が嫌だから、「生徒のために我慢するわ」なんてことはしない。
それでも、昨年の12月に辞めた学校は、後ろ髪をかなり強く引かれた。こんなに心揺さぶられる辞め際はなかった。二十四の瞳的な、ネパールと中国の純朴な生徒たち。あやうく泣くところだった。
今日も危うく泣くところだった。涙腺崩壊の言葉をたくさんかけられた。アメリカ人の大人たちに泣かされるとは。
辞め経験は多いが、辞め際にはめっぽう弱い。なぜか、辞めてもずるずると生徒たちと連絡を取り合って、ほそぼそと友好をあたためている。
人付き合いは面倒だが、継続的な関係が続いているのは、ありがたいことなんだと思う。
日本語教育に身を投じているつもりは一切ない。
でも、日本に興味をもって、日本語を好きになって、日本に来てくれるとやっぱり嬉しい。
この仕事をしていていると、悩ましいことも少なくはないが、嬉しいことが全てを上書きしてくれる。
これからも好きなところで、好きなように、好きな分だけ働こう。
今日の節目は小さな節目。また、明日から新しい日が続く。
2024-12-12 ヒザとモネ
昨日、大きな病院で膝の検査を受けてきた。10月に予約を入れてようやく実現。その間、とくに症状は進行することなく、痛みは自助努力で抑えてきた。
レントゲンとMPIの画像を提出していたが、再度、レントゲン撮影を受けた。
予約していたので、さほど待ち時間はなく、画像を見ながら担当医に説明してもらった。なにを言われようと、ショックを受けない自信はあり、淡々と説明を聞く。
整理すると、①骨が変形しており、②筋が切れていて、痛みの原因になっている。要手術。③内視鏡手術で筋を糸で縫い合わせ、手術後は④4日間の入院が必要で、⑤1ヶ月は松葉杖が必要だということ。
私のアパートは、玄関から階段を使ってアクセスする必要があり、1ヶ月間の松葉杖生活には向いていないのではないかと思う。
よって、⑥痛みがひどくなって、それが手術と術後生活の覚悟を固めるレベルに達したら(つまり痛みに耐えられなくなったら)再び来院すること、それまで⑦リハビリを続けること、で落ち着いた。手術後の住まいも確保せねば。
はっきりと聞いたわけではないのだが、若ければ手術の必要もないようなことを言っていた。つまり、自然治癒もあるのかな、と解釈した。この年で自然に治るとは思えないが。
そして、今日もいつもの通り、お家リハビリ。しっかりと筋肉をつけ、ストレッチし、骨を動かして行く運動をした。
午前中は、来週と、来年の新学期のために、各1クラスの授業の教材を2つ作成。つい拘ってしまうが、教材づくりは楽しい。
学校のクラス申し込みサイトを見ると残り席数がわかる。今のところ順調にクラスの申し込みはあるみたいで、ちょっと心が元気になる。
午後から、上野の国立近代美術館で開催されている「モネ展」に、決死覚悟で出かけた。事前にチケットは買っておいたが、人混みを考えると行く勇気が出なかった。
案の定、平日の空いているだろう時間にもかかわらず、ものすごい行列だった。
そして展示室も人人人…。それでも、実際のモネの作品が見ることができてよかった。大々的な展覧会とあって、雑誌やテレビ番組でも特集が組まれ、すでに予習済み。
印象派の作品は色を混ぜた絵の具は使っておらず、鑑賞する人の目に入ってくる時に色が作られる。目を細めたり、角度を変えて見ると、モネのすごさがわかる。
音声ガイドは音楽活動名リリーの石田ゆり子さん。彼女のガイドと、大橋トリオとの共同制作の音楽を聴きながら鑑賞する。ドビュッシーも、モネにぴったりだった!
2016年にパリに行った時、オランジュリー美術館に立ち寄った(↓)。モネが望んだ展示のしかたを実現した美術館。素敵だったなぁ。この時、今ほどモネのことは知らなかったけど…

そして今日のモネ展での展示室(↓)。人は多かったけど、お互いゆずりあったりして、それほど辛くはなかったけど、作品をじっくり堪能するには工夫と体力が要る。

常設展も見て、ショップでポストカードでもと思ったが、長蛇の列で諦めた。カフェも待ち時間が見えず… 精養軒でオムハヤシをはむはむ。

とにかく疲れてはてて帰りの電車で爆睡。(睡蓮を見た後だけに)
もう、こんな美術館はいやだなーと思いつつ、来年も見逃せない展覧会が続いて、泣きたくなる。膝を鍛えておこう。
2024-12-04 復活!
休み明けの授業再開とたっぷりの昼寝をしたら、急に鼻水が出てきて、これは風邪の治りかけのサイン。あの倦怠感は風邪だったようだ。
思えば、汗をかくような暑さと寒さを繰り返していた今年の秋。体調を崩してもおかしくはなかった。
若い頃の私だったら高熱を出して寝込んでしまうところだったが、倦怠感が続いたぐらいですんだのだから、老いが来たというのは早計だろう。まだまだイケる。
朝は骨を強くする処方箋のデノタスという錠剤と、夜は抗不安剤のエチゾラム2錠とコーラック一錠を飲んでいる。
骨の状態についての良し悪しに実感はないが、4月の検診まで月一回の高価な注射と併せて継続していくつもり。結果次第でまた治療方針を変えていくことになるが、悪くなっていないことだけは確か。
うつ状態は、今はとりあえず大丈夫としかいいようがない。時々ハイになったりローになったりするぐらいで、振れ幅は大きくない。
授業をした後はいつも「元気」になるので、授業がなくなる冬休みがちょっと心配。
便秘は相変わらずひどいので、コーラックを飲み続けている。数日服薬を飛ばすとえらい目にあうので一錠のコーラックは大切なのだ。
服薬しないで済む生活がしたい。アメリカで生活することを考えれば、糖尿病や高血圧になっている余裕はない。
酒は控え、食事にも気をつけて、多少の運動はしているが、加齢とともにどんな「相棒」が現れるのか、こればかりは気をつけていくしかない。
なによりストレスは大敵だ。ここ数年、仕事や交友関係も含め、ストレッサーは避けるようにしてきた。楽しいことだけを考え、したい。いい人だけと付き合いたい。
若い時は、どんな状況でも向き合ってきたけど、もうそんな無理はしない。困難や苦労はできるだけ避ける。シンプルな生活。無理をしない生活。
膝痛のためのストレッチも、(本当はしたくないんだけど)と思いながら、さぼることなく続けている。そのおかげか、先日の旅では快調だった。でも、またガクッと調子が悪くなるかもしれないし、時々痛みで夜目を覚ます状態は続いている。
来週、やっと大きな病院で膝の状態を見てもらえることになっている。手術になるのかなあ。まだ、わからないので、不安のなりようがない。
ニュースもなるべく見ないようにしている。特に、アメリカの大統領選挙が終わってから、心臓バクバクなのだから。
UNHCRが提供する難民映画祭の寄付付きムービーを6本購入して視聴した。
世の中が落ち着かないのに、自分だけが平和でいられるって、本当はありえないんだけど。心おだやかに過ごせる日々に、感謝せざるを得ない。
2024-12-02 ガクッと老い
体調が戻らない。倦怠感が続いている。旅の疲れがとれないのか、風邪をひいたのか(熱はない)、とにかくだるい。
とはいえ、食欲はあるし、少しだけど仕事もしているし、掃除も洗濯もこなして、お風呂に入る元気もある。いつもの勉強も、頭はぼんやりしているが、やる気をだしてこなしている。
ただ、だるい。旅の疲れにしては長すぎる。どかーんと眠りたいところだが、倦怠感が強すぎてかえって眠れない。
アメリカではこういう時、韓国料理の豆腐チゲを食べて、ちょっと高価なオレンジジュースをごくごく飲むと、翌日には元気になっていた。
最近では、学校勤めをするようになってから体調が悪い時はあったが、週末でリカバーできた。だから、今回の倦怠感はただものではない。やはり年のせいだろうか。
よく「ガクッと年をとった」という人がいるが、そのガクッなのかもしれない。ガクッがいよいよきたようだ。
中年やシニア向けの雑誌を読むと、元気で見目よろしい年上のなんと多いことか。
と、書いていながら、またガクッと倦怠感が襲ってきた。今日は早く寝よう。