2024-01-01 人生最後の日に後悔したくないこと
若い時の私はかなり情熱的だったと思う。情熱的な人間は、別の情熱的な人間に接触すると簡単に燃え上がるもので、私が留学を決心したのも、友人が留学したからで、すぐ触発されてしまうのである。後先考えず行動してしまう単純人間なのである。
60代の今の私は、40代の私も若い頃になる。40代は青春時代だ。となると20代30代は鼻垂れ小僧だ。鼻垂れ小僧時代にがんばった結果が私の青春にバトンタッチされている。40代になった私は青春を謳歌しようと世界旅行を始めた。行きたいところに行こう、そう決めた。働いていたし、夜は学校にも通っていたから、学期と学期の短い間に、安い航空券を買い、ホステルに泊まりながら国一つ、または二つ旅をした。40代でほとんど行きたい国には行った。もちろんまだ訪れていない国はまだまだあるが、行きたい場所ではない。
もう一度訪れたい国は50代になって再度訪問した。これでもう、世界旅行はやりきったと思えた。コロナ禍で行動がミニマムになっても、円安で世界が手頃でなくなっても、束縛感も悔しさもない。私はもうやりきった。若いうちにやっておこうと思ってやったわけではないが、人生最後の日、後悔したくないとは思った。
人生最後の日に後悔したくないこと。世界旅行をしていなかったとしても、私は後悔するだろうか。
高卒で社会人になった私は、死ぬまでに大学を卒業したかった。働きながら夜学に通い、アメリカの短大を8年、四大を8年かかって卒業した。大学を卒業したのは40代後半だった。50代の初めに大学院を卒業して、日本の大学も卒業した。卒業した時は涙が出るほ嬉しかったけど、もし高卒のままで死を迎えたとしても、死ぬほど後悔しただろうか。
世界旅行も高学歴も、私が欲しかったものだけど、果たせなかったとしても後悔しただろうかと思う。しかし、アメリカ留学は別だ。アメリカに行かなかったら、私は死ぬほど後悔しただろう。時々、アメリカに行かなかった生活を想像してみようとする。死ぬ間際で、きっと「行けばよかった」と悔しがる自分の姿が想像できる。
私に留学を決意させてくれた友人は、その後帰国して幸せな結婚生活を送っていた。どれほど幸せであっても、人の結婚話は私にはピンとこない。火がつかない。20代30代は未熟期。40代は青春期。50代から61歳の私はいったい何期なのだろう。人生の後半期? 総仕上げ期? この年になると、もう情熱を燃やす必要はないんじゃないか。
いやいや、私の情熱はまだ燃えている。日本語教師という仕事。楽しいばかりではないし、ちっとも儲かりはしないが、生きる燃料であり、希望であり、目標であり、大きく言えば使命みたいなものでもある。おそらくアメリカ留学ほど後悔はしない項目だろうが、死ぬまで頑張ってみたいことだ。終わりのない挑戦だから。